春は名のみの風の寒さや…と歌にあるように、立春を過ぎて暦の上では春になっても、まだまだ寒い日が続きます。
初春の頃はもちろん、仲春、晩春にも急に寒さが戻って来る時があります。
今回はそれらの、春になってからの寒さに関する季語を集めました。
冬の本格的な寒さとは違う、春の声を聞いてからの寒さにはまた微妙な気持ちが入り混じります。
春に寒さを感じたら、これらの季語で俳句を詠んでみるのはいかがでしょう。
春の雪の季語もご参考になさってください。
春の季語一覧
時候
冴返る(さえかえる)
初春
「冴ゆる」は冬の季語だが、「冴返る」は、春になって一旦緩んだ寒さがまたぶり返すこと。
- 柊にさえかえりたる月夜かな 丈草
- 冴返る音や霰の十粒程 正岡子規
- 一本の薄紅梅に冴え返る 高浜虚子
- 真青な木賊(とくさ)の色や冴返る 夏目漱石
余寒(よかん)
初春
寒が明けてからもなお残る寒さのこと。
- ものの葉のまだものめかぬ余寒かな 千代女
- 関守の火鉢小さき余寒かな 蕪村
- 水に落ちし椿の氷る余寒かな 几董
- 余寒なほ爪立ちともすひとりの灯 樋口冨貴子
春寒(はるさむ)
初春
春になってからも残る寒さ。
- 春寒し風の笹山ひるがへり 暁台
- 橋一つ越す間を春の寒さかな 成美
- 春寒の指環なじまぬ手を眺め 星野立子
- 春寒といふやはらかき日ざしかな 高桑義生
遅春(ちしゅん)
初春
暦の上では春になっても、なかなか暖かな日が来ないこと。
- わが快き日妻すぐれぬ日春遅々と 富安風生
- 春遅し泉の末の倒れ木も 石田波郷
- 春遅々とたためる傘の滴れり 蓬田紀枝子
花冷(はなびえ)
晩春
桜の咲く花時に、ふいにやってくる寒さのこと。
- 花冷や眼薬をさす夕ごころ 横光利一
- お白粉をとく指細し花の冷え 邦枝完二
- 用心の雨傘花冷つゞくなり 及川貞
- 花冷の闇にあらはれ篝守(かがりもり) 高野素十
天文
春北風(はるきた)
三春
春は高気圧と低気圧が交互に西から東へと通過するようになるが、温帯性低気圧が抜けた後に、一時的に西高東低の冬の気圧配置に戻り、北や北西からの冷たい風が吹く。
北国では春寒の北西風が雪を降らせることもあり、春の訪れの遅いことを感じさせられる風である。
- 山に住み時をはかなむ春北風 飯田蛇笏
- 空罐の日を切りかへす春北風 上村占魚
- 太陽にしろがねの環春北風 森澄雄
黒北風(くろぎた)
仲春
春もたけなわになってから一時的に冬の気候に逆戻りし、強い北西の風が突風となって吹くこと。
- 黒北風や家も社も海を向き 吉田藤治
春の霰(はるのあられ)
三春
春になってから降る霰のこと。
(同じ氷の粒でも、霰は直径5mm未満、雹は直径5mm以上のものとされている。)
- 窓くらく春霰とばす雲出たり 富安風生
- 声あげて夢の師とあふ春霰 加藤楸邨
- 古草に沈みて春の玉霰 石塚友二
春の雹(はるのひょう)
三春
春に降る雹のこと。
(同じ氷の粒でも、霰は直径5mm未満、雹は直径5mm以上のものとされている。)
農作物やビニールハウスに被害を及ぼすこともある。
春の霜(はるのしも)
三春
立春を過ぎてからも、冷え込んだ朝には霜がみられる。
草に真っ白に霜が降りていたり、土には霜柱ができている。
日が昇るとしだいに消えてしまう。
- 春霜をふみ行状をかへりみる 飯田蛇笏
- 道のべに春霜解けてにじむほど 皆吉爽雨
- 春霜や袋かむれる葱坊主 松本たかし
忘れ霜(わすれじも)
晩春
晩春になり暖かくなった後で、急に気温が下がり霜が降りること。
「八十八夜の忘れ霜」という言葉があるように、八十八夜(五月二日頃)までは霜が降りることがある。
- 鉛筆の短軀たまれり別れ霜 秋元不死男
- 別れ霜人に泪はすぐ乾き 成瀬櫻桃子
- 別れ霜庭はく男老にけり 正岡子規
春の露(はるのつゆ)
晩春
露といえば秋の季語だが、春に草花などに降りる露を春の露という。
- さぞな袖草には置かぬ春の露 也有
- すでに春ちる露見えて松の月 一茶
- 朝凍みの山しろがねの春の露 奥山公世
地理
薄氷(うすらい)
初春
春先に薄く張る氷のこと。
- 夜明より風のやみたる薄氷 中村若沙
- 榛名の神春の氷を岩に張る 榎本冬一郎
- 薄氷をさらさらと風走るかな 草間時彦
- 薄氷の岸はなれゆくひとり旅 相田光夫
生活
春の炉(はるのろ)
三春
春になっても炉や囲炉裏、暖炉に火を入れていること。
- 春の炉に焚く松かさのにほひけり 藤岡筑邨
- 短かき日長き日のある春炉かな 亀山其園
- 春の炉に民具あまたのものがたり 吉田花泉
春炬燵(はるごたつ)
三春
春になっても出したままになっている炬燵。
- 物おもふ人のみ春の炬燵かな 大魯
- よみ書きのまだまだ春の火燵の上 皆吉爽雨
- 何となく有れば集り春炬燵 市村不先
- 静かなる日のかへりきて春火燵 松尾静子
- 近江には国盗りの夢春炬燵 河村蓉子
春暖炉(はるだんろ)
三春
春になっても火を入れている暖炉。
- 寄らずとも焚かねばさみし春暖炉 青山泊舟
- 落葉松の夕べは密に春暖炉 戸川稲村
- 壁像に十二使徒ありはる暖炉 境野青葉
春火鉢(はるひばち)
三春
春になっても置いてある火鉢のこと。
- 姉妹思ひ同じく春火鉢 中村汀女
- 大いなる春の火桶にもたれけり 西島麦南
- 春火鉢隔てゝ心通はしむ 石塚友二
- 春火桶しまひそびれぬ客泊めて
春の風邪(はるのかぜ)
三春
春にひく風邪のこと。
- 蒲団著て手紙書く也春の風邪 正岡子規(著…着の本字)
- 春の風邪水音ばかり胸に棲み 牧野吐龍
- 無造作に髪を束ねて春の風邪 石井きみ子
- 覚めてより夢にゆめ積む春の風邪 木村ふく子