立夏から立秋前日までの、夏の時候の季語のなかでも、三夏に分類される季語を集めました。
季語それぞれの持つ微妙な印象の違いを解りやすくするため、例句を多く挙げています。
俳句作りの際にぜひ参考になさってください。
時候
夏(なつ)
三夏
夏の三ヶ月。
暦の上では立夏から立秋の前日まで。(陰暦四月、五月、六月)
一年で最も暑い時期。
九夏(きゅうか)…夏の九十日間。九暑。
朱夏(しゅか)…夏の異称。五行思想で、夏には朱(赤)が当てられるため。
炎夏(えんか)…暑い夏、真夏
蒸炒(じょうそう)…夏の異称
炎帝(えんてい)…夏を司る神、太陽
祝融(しゅくゆう)…中国の伝説上の帝王で、火、夏、南方の神として祀られる。
夏場(なつば)…夏の時期
- ころがらん夏の青みのつづらやま 惟然
- 夏真昼死は半眼に人を見る 飯田蛇笏
- 夏あはれ生きてなくもの木々のあひ 室生犀星
- 炎帝につかへてメロン作りかな 篠原鳳作
- 草に木に夏百日の窶(やつ)れ見ゆ 石塚友二
- 瘤(こぶ)に艶ためて街樹が招く夏 佐野まもる
- 炎帝の怒りに我の髪乱れ 上野泰
夏の日(なつのひ)
三夏
夏の一日、夏の太陽、どちらの意味にも用いられる。
(日の当たらない場所は「日陰」を用いる。)
- 夏の日や一息に飲む酒の味 路通
- 鬼歯朶の巻葉のはじく夏日かな 室生犀星
- 夏の日や薄苔つける木木の枝 芥川龍之介
- 焼岳は夏日に灼けて立つけぶり 水原秋櫻子
- 岩を攀(よ)ぢ天の夏日の小さゝよ 石橋辰之助
- 硬きまで乾きしタオル夏日にほふ 篠原梵
- オルガンに絵硝子の夏日灯と紛(まが)ふ 殿村菟絲子
夏の暁(なつのあかつき)
三夏
夏の明け方、夜明け。
夏は早く朝四時過ぎ頃から東の空が明るくなり始める。
「暁」はそれぞれの季節で時候の季語となっています。
(春の暁、夏の暁、秋の暁、冬暁、初暁)
- 人行くや夏の夜明の小松原 正岡子規
- 山雀の一番鳴きや夏の暁 長谷川かな女
- 聖病院夏の夜あけに子を賜ふ 山口誓子
- 水を汲む豊かな音に夏暁けぬ 阿部みどり女
夏の朝(なつのあさ)
三夏
夏のまだ日が高くない時分。
緑濃い夏のさわやかで清々しい朝の時間帯である。
「〜の朝」もそれぞれの季節で時候の季語があります。
(春の朝、夏の朝、秋の朝、冬の朝、寒き朝、三つの朝(みつのあさ…元日の朝のこと・年の始め、月の始め、日の始めなので))
- 夏の朝病児によべの灯を消しぬ 星野立子
- 夏の朝戸くるに親しき人通り 篠原温亭
夏の夕(なつのゆう)
三夏
長い夏の日の夕暮れ。
梅雨明け後の暑い日中から、日が西に沈み行く頃、暑さもいくぶん和らいでくる。
打ち水に濡れた道を涼風が吹き抜け、ほっとするひととき。
「〜の夕」も、それぞれの季節の時候の季語となっています。
春の夕、夏の夕、秋の夕、冬の夕
- 雲焼けて静かに夏の夕かな 高浜虚子
- 帆を以て帰るを夏の夕とす 山口誓子
- すがる子のありし浴(ゆあ)みや夏の夕 石橋秀野
- 明るくて夏の夕餉はすでに終ふ 山口波津女
- くび垂れて飲む水広し夏ゆふべ 三橋敏雄
夏の宵(なつのよい)
三夏
夏の夜のまだ浅いとき。日が暮れてまだ間もない頃。
庭で花火をしたり、縁台で将棋を指したりして夕涼みを楽しむ時刻。
「〜の宵」も、それぞれの季節の時候の季語となっています。
春の宵、夏の宵、秋の宵、冬の宵
夏の夜(なつのよ)
三夏
日中の暑さから解放されて、夏の夜には夜更かしして楽しむ人々が多くなる。
うちわ片手に浴衣姿で祭りに出かけ、夜店、花火などを楽しむ。
清少納言も枕草子で「夏は夜。月のころはさらなり。」と、夏の夜の風情を愛でている。
「〜の夜」も、それぞれの季節の時候の季語となっています。
(春の夜、夏の夜、秋の夜、冬の夜、年の夜(…としのよ、大晦日の夜))
- 夏の夜の闇も納まる星の数 野坡
- 夏のよや雲より雲に月走る 闌更
- 夏の夜をとりひろげたり草の上 蘭水
- 夏の夜の湖白し松の間 佐藤紅緑
- 月の輪をゆり去る船や夜半の夏 杉田久女
- 檣燈(しょうとう)を夏の夜空にすゝめつゝ 山口誓子
短夜(みじかよ)
三夏
夏の夜は短く、夏至にはもっとも短くなる。
春分を過ぎると夜は昼よりも短くなり、秋分を過ぎると昼が夜よりも短くなっていき、冬至ではもっとも日が短い。
これらのことを春は日永(ひなが)、夏は短夜、秋は夜長、冬は短日という。
霍公鳥(ほととぎす)来鳴く五月(さつき)の短夜も独りし宿(ぬ)れば明かしかねつも
万葉集巻十
- 廻廊に夜の明けやすし厳島 涼菟
- 短夜や小店明けたる町はづれ 蕪村
- 明けいそぐ夜の美しや竹の月 几董
- 短夜や空と分るゝ海の色 几董
- 短夜や耳もと過ぐる馬子が唄 成美
- 明易き夜を身の上の談(はな)しかな 井上井月
- 短夜や笹の葉先にとめし露 高橋淡路女
- 短夜の色なき夢をみて覚めし 西島麦南
- 短夜の看とり給ふも縁かな 石橋秀野
- 明け易くむらさきなせる戸の隙間 川崎展宏
暑し(あつし)
三夏
夏の気温の高い状態のこと
- 石も木も眼(まなこ)に光る暑さかな 去来
- 傘(からかさ)の匂うてもどる暑さかな 涼帒
- さびつきて碇の暑し砂の上 乙二
- 嘴あけて烏も暑きことならん 田村木国
- 世にも暑にも寡黙をもつて抗しけり 安住敦
- 口重に過せし暑気も過ぎにけり 能村登四郎
暑き日(あつきひ)
三夏
夏の暑い一日、または夏の暑い太陽の意味でも用いられる。
- 暑き日を海に入れたり最上川 芭蕉
- しばらくは落る日暑し樟の枝 成美
- かへりみて暑かりし日はかがやけり 山口波津女
涼し(すずし)
三夏
暑い夏には、涼しさがもっとも快く感じられるので、夏の季語となっている。
風や木陰、風鈴の音に一抹の涼味を感じること。
立秋を過ぎると、「新涼(しんりょう)」「秋涼し」となる。
時候以外の「涼し」がつく夏の季語
天文…風涼し(かぜすずし)、星涼し(ほしすずし)
地理…滝涼し(たきすずし)
動物…鴛鴦涼し(おしすずし)、鴨涼し(かもすずし)、蝉涼し(せみすずし)
- 涼しさを先づ武蔵野の流れ星 其角
- 涼しさや日の落かゝる海の上 秋色
- 手のひらにのせて涼しや初真瓜 雲裡
- 涼しさや鐘をはなるゝ鐘の音 蕪村
- 涼しさや投出す足に月の影 定雅
- 山涼し筏の上に灯がともる 原月舟
- 禅寺は涼しきものと思ひ来し 高浜年尾
- 晩涼の真白き蝶に今日のこと 星野立子
- 踏切の夜涼に待てり乳母車 藤田湘子
- 音涼し閉店の椅子たゝまるゝ 小路紫峡
- 朝涼や川底あゆむ手長蝦 衣川砂生