秋の虫の季語を三回にわたってお届けします。
第一回目は、夏から見られる虫たち編です。
蜻蛉(とんぼ)や蟬、螢など夏から見られるもの、また秋になり活動が鈍ってくる蚊や蠅などの虫たちを取り上げました。
秋の虫を見かけたらぜひ一句詠んでみてください。
1 秋の虫の季語・蜻蛉、蟬、蝶など夏から見られる虫たち
2 秋の虫の季語・蟋蟀(こおろぎ)、鈴虫などの虫の音
3 秋の虫の季語・螇蚸(ばった)、蟷螂など身近な虫たち
動物
秋の螢(あきのほたる)
初秋
螢はおもに5月末から6月頃に見られ、夏の季語となっているが、時々8月や9月になっても川のほとりや草むらで弱い光を放っているのを見かけることがある。
日本には有名な源氏蛍、平家蛍、姫螢など約50種類が生息しており、源氏蛍よりも遅れて見られる平家蛍やその他の種類が細々と光を放つ様子が、季節外れの物悲しさや哀愁の象徴として詠まれることが多い。
- 死ぬるとも居るとも秋を飛螢 乙州
- 秋の螢露より薄く光りけり 麦水
- 我耳に風吹く秋の螢かな 藤野古白
- たましひのたとへば秋のほたるかな 飯田蛇笏
- 草深く秋の蛍の落ちやまず 相生垣瓜人
- 篁の奥へおくへと秋蛍 藤原照子(篁…たかむら、竹藪のこと)
秋の蚊(あきのか)
三秋
秋になり気温が下がって活動が鈍くなりながらもまだ生き残っている蚊のこと。
夏の名残と秋の寂しさを感じさせる。
- 秋の蚊の人を尋ぬる心かな 蕪村
- 秋の蚊の灯より下り来し軽さかな 高浜年尾
- 秋の蚊のほのかに見えてなきにけり 日野草城
- 音もなく来て残り蚊の強く刺す 沢木欣一
溢蚊(あぶれか)
仲秋
秋になっても飛んでいる、弱々しく人を刺す力もなく、哀れな羽音をたてて飛ぶ蚊のこと。
- あぶれ蚊のほめかぬ壁をたよりかな 鬼貫
- あぶれ蚊や夜なべの灯吊る壁のもと 富田木歩
- 哀れ蚊やねむりぐすりも気休めに 石川桂郎
秋の蠅(あきのはえ)
三秋
秋になりめっきり数も減り、動きも鈍くなった蠅。夏の名残の趣がある。
浮塵子については、秋の虫3をご覧ください。
- 草庵の弱りはじめや秋の蠅 丈草
- 寝ころべば昼もうるさし秋の蠅 桃隣
- 薬つぎし猪口なめて居ぬ秋の蠅 杉田久女
- わがからだぬくしととまる秋の蠅 山口誓子
秋の蜂(あきのはち)
三秋
春には元気に花畑を飛び回っていた蜂も、秋から冬にかけて数が激減し、動きも鈍くなってくる。
繁殖期を過ぎた雄の蜜蜂はいなくなり、働き蜂と女王蜂が越冬する。
- 肉皿に秋の蜂くるロッヂかな 中村汀女
- 秋の蜂しぐるると見て船くだる 加藤楸邨
- 金剛峯寺より金色の秋の蜂 綾部仁喜
秋の蝶(あきのちょう)
三秋
秋に見かける蝶のこと。
春夏の蝶は華麗に花々の間を飛び回り蜜を吸い、葉に卵を産み落としているが、秋の深まるごとにどこか弱々しく、羽も破れているものもあり、命の終わりまで懸命に生きる様子が見られる。
- 薬園の花にかりねや秋の蝶 支考
- 草臥(くたびれ)て土にとまるや秋の蝶 蓼太
- 病む日又簾(みす)の隙より秋の蝶 夏目漱石
- 秋蝶の驚きやすきつばさかな 原石鼎
- とぶものはみな羽ひゞく秋の蝶 山口誓子
秋の蟬(あきのせみ)
三秋
夏の間盛んに鳴いていた蟬も、秋になると少しずつ減りながら、どこか寂しさを感じさせるようになる。
- ぬけ殻に並びて死ぬる秋の蟬 丈草
- 秋蟬のなきしづみたる雲の中 飯田蛇笏
- 秋蟬のこゑ澄み透り幾山河 加藤楸邨
- 川越えてしまへば別れ秋の蟬 五所平之助
- 乗換の駅しづかなり秋の蟬 川口松太郎
- 秋蟬のむくろ吹かるゝ石の上 篠田悌二郎
ちっち蟬(ちっちぜみ)
三秋
体調2~3cmの小型の黒褐色の蟬で、チッチ、チッチと虫のように鳴くのでその名がついた。
8月過ぎから10月にかけて、針葉樹林などで鳴き声が聞かれる。
- チッチ蟬夕日炎(ほ)となる蔵二階 野沢節子
蜩(ひぐらし)
初秋
朝夕にカナカナ、カナカナ(キキキキ、のようにも聞こえる)と涼しげな声で鳴く蟬。
夕暮れ時に鳴くため、日を暮れさせる蟬ということで名付けられた。
秋の季語となっているが、実際には梅雨頃から鳴いているため、夏の蜩は「初蜩(はつひぐらし、夏の季語)」、または「梅雨蜩(つゆひぐらし)」と詠んでいる。
ひぐらしの 鳴く山里の 夕暮は 風よりほかに とふ人もなし
古今集 よみ人しらず
- ひぐらしの告るもしらぬ家路かな 宗因
- 日ぐらしや山田を落る水の音 諷竹
- かなかなや川原に一人釣りのこる 瀧井孝作
- ひぐらしや熊野へしづむ山幾重 水原秋櫻子
- 蜩や豆腐に添へる紫蘇つみに 遠藤梧逸
つくつく法師(つくつくぼうし)
初秋
八月に入ると、午後にツクツクホーシ、オーシーツクツク、ウイヨースと繰り返し、ジーと鳴き終わる。
夏の終わりを感じさせる鳴き声の、小型の蟬である。
- 今尽きる秋をつくづくほふしかな 一茶
- 鳴き立ててつくつく法師死ぬる人ぞ 夏目漱石
- 秋風に殖(ふ)えては減るや法師蟬 高浜虚子
- 法師蟬煮炊といふも二人きり 富安風生
- 法師蟬鳴く短さよふと暮るる 山口青邨
- 法師蟬海へ放ちしこゑをさむ 山口誓子
蜻蛉(とんぼ)
三秋
大和の国、日本国を「あきづしま」と言ったのは、神武天皇が国見をした時に「まさき国といへども、蜻蛉(あきづ)の臀呫(となめ)の如くにあるかな」(神武記)と言ったという故事による。
臀呫(となめ)とは、とんぼの雌雄が輪になって交尾しながら飛ぶことで、稲穂の実る田んぼで害虫を食べる益虫のとんぼが飛び回る、豊かな美しい国ということである。
「あきづしま」は「やまと」の枕詞でもある。
平安時代以後は、「あきづ」から「あきつ」と濁らなくなった。
蜻蛉羽(あきづは)は蜻蛉の羽で、薄く透き通って美しいものとされた。
蜻蛉は夏から飛び回っているが、赤蜻蛉や胡黎(きやんま)はお盆の頃から遅れて出現するので、より秋の風情がある。
糸蜻蛉(いととんぼ)、御歯黒蜻蛉(おはぐろとんぼ)、鉄漿蜻蛉(おはぐろとんぼ)、蚊蜻蛉(かとんぼ)、かねつけ蜻蛉、河蜻蛉、川蜻蛉、早苗蜻蛉(さなえとんぼ)、とうしみ蜻蛉、燈芯蜻蛉(とうしんとんぼ)、とうすみ蜻蛉、夏茜(なつあかね)、蜻蛉生る(とんぼうまる)
また蜉蝣の一種に「斑蜻蛉(まだらとんぼ)」、「白腹蜻蛉(しろはらとんぼ)」があります。
蜻蛉については、こちらのコラム蜻蛉(とんぼ)もご覧ください。
- 蜻蜓(とんぼう)やとりつきかねし草の上 芭蕉
- 蜻蜓のくるひしづまる三日の月 其角
- 蜻蛉や日は入りながら鳰(にお)のうみ 惟然
- 白壁に蜻蛉過る日影かな 召波
- 遠山が目玉にうつるとんぼかな 一茶
- 鬼やんまひとり遊べり櫟原(くぬぎはら) 石塚友二
赤蜻蛉(あかとんぼ)
三秋
赤いとんぼのことをいい、代表的なアキアカネのほか、ノシメトンボ、ミヤマアカネなど。
平地で羽化したあと、夏の暑い間は山地へ移動し、八月以降気温が低くなってくると体が赤色になり、低地に降りてくる。
- 赤蜻蛉まなかひに来て浮び澄む 日野草城
- 赤とんぼ来ると去るとの風を呼ぶ 永井東門居
- 水薄くすべりて堰や赤とんぼ 石川桂郎
- 甲斐駒の雲の高さに赤蜻蛉 堀口星眠
蜉蝣(かげろう)
初秋
羽化して産卵すると数時間で死ぬことから、昔からはかないことの喩えに言われた。
7月から9月にかけて、夕方に水辺の上に群がる習性がある。
幼虫は水中に生息し、数十回もの脱皮をする。
たくさん現れる年は豊年になるといわれ、豊年虫と言われることもある。
- 蜉蝣に黄昏せまるときかなし 山本薊花
- 蜉蝣死す長肢いかなる役をせし 津田清子
- 蜉蝣やわが身辺に来て死せり 和田悟郎
- かげろふの刹那刹那のかげ流る 清水大蘭