古来日本人は風にも微妙な違いを感じ取り、それぞれ名前をつけてきました。
秋に吹く爽やかな風、嵐、また台風による暴風まで、秋の風の名前を集めました。
秋に吹き始める風
秋の初風(あきのはつかぜ)
初秋
秋になり空は澄み渡り、ほのかにひんやりとした風が吹いて、いよいよ秋の到来を告げるそよ風。
秋を感じる初めての涼風。
秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる
藤原敏行(としゆき) 古今和歌集巻四秋
初秋風 涼しき夕 解かむとぞ 紐は結びし 妹に逢はむため
大伴家持 万葉集巻二十
- 初風や回り灯籠の人いそぐ 几董
- 夏草と見し間に秋の初風や 松瀬青々
- 秋初風狭山の夜の藪うごく 長谷川かな女
- 初風やこの家繭を匂はせて 桑原月穂
秋風(あきかぜ)
三秋
秋に吹く風一般。
三秋にわたっての季語なので、初秋の風もあり、仲秋のさわやかな風、晩秋の冷ややかな風をいう場合もある。
冬に向かい万象を枯らしてしまう風、ひっそりと物寂しいさまを表すことが多い。
古代中国の五行思想により秋は「金」、秋の色は「白」になることから、傍題の「金風」「素風」ともいう。
- 秋風の吹きわたりけり人の顔 鬼貫
- 石山の石より白し秋の風 芭蕉
- 秋風や藪も畠も不破の関 芭蕉
- よもすがら秋風聞くや裏の山 曾良
- 秋風や白木の弓に弦張らん 去来
- 木からもののこぼるる音や秋の風 千代女
- 淋しさに飯をくふなり秋の風 一茶
- 秋風や吹き戻さるる水馬(あめんぼう)
- 吊橋や百歩の宙の秋の風 水原秋櫻子
- はるかなる人語のあとの秋の風 相馬遷子
- 大木の根に秋風の見ゆるかな 池内たけし
- 秋風や水より淡き魚のひれ 三橋鷹女
- 秋風や麵麭(パン)の袋の巴里の地図 安住敦
- 秋風に吹かれ胡桃の木とわれと 加倉井秋を
色なき風(いろなきかぜ)
三秋
秋の風。中国の陰陽五行説により秋の色は白、色のない風とあらわした。
吹き来れば 身にもしみける 秋風を 色なきものと 思ひけるかな
紀友則 古今六帖
物思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに
久我太政大臣雅実(まさざね) 新古今和歌集巻八
このように歌に詠まれ、色のない寂しい身にしむような秋風をいうようになった。
- 籠らばや色なき風の音聞きて 相生垣瓜人
- 梓川白し色なき風の過ぐ 志摩芳次郎
- 野ざらしの驢馬に色なき風の音 加藤知世子
- わが里は色なき風と鶏ばかり 北光星
爽籟(そうらい)
三秋
秋風の爽やかな響き、風が物に当たって発する音のこと。
籟(らい)とは、三つ穴のある笛のことで、風が当たって発する響きのことをいうようになった。
松に吹く風の音を「松籟(しょうらい)」というように、秋風の爽やかな音をあらわす。
聴覚に訴えかける言葉である。
- 爽籟や空にみなぎる月あかり 日野草城
- 爽籟に大安達野をかへりみる 富安風生
- 山荘のけさ爽籟に窓ひらく 山口草堂
台風前の暴風、発達した低気圧
初嵐(はつあらし)
初秋
初秋の台風期に入る前に、強く冷ややかな風がはじめて吹くこと。
急に秋の到来を思わせる荒い風。
- 空をとぶ鴉いびつや初嵐 高浜虚子
- 白壁に雨のまばらや初嵐 西山泊雲
- 蘭の葉のとがりし先を初嵐 永井荷風
- 戸を搏つて落ちし簾や初嵐 長谷川かな女
- なんの湯か沸かして忘れ初嵐 石川桂郎
秋の嵐(あきのあらし)
三秋
秋に低気圧が発達して、台風を思わせるような強い風が吹き荒れること。
「春の嵐」に対する季語。
台風関連の言葉
野分(のわき)
仲秋
台風に伴う秋の暴風。
野の草木をなびかせ吹き分けていくところから、野分というようになった。
台風といえば雨風をともなうが、台風がそれた時の強い風のみのものもいう。
- 芭蕉野分して盥に雨を聞夜哉 芭蕉
- 底のない桶こけ歩行(ありく)野分かな 蕪村
- 顔出せば闇の野分の木の葉かな 太祇
- たふれける竹に日の照る野分かな 樗良
- 声も立てず野分の朝の都鳥 闌更
- 大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子
- 野分して蟷螂を窓に吹き入るる 夏目漱石
- 白壁に月さやかなる野分かな 岡本松浜
台風(たいふう)
仲秋
北太平洋西部の熱帯の海上で発生し、最大風速が毎秒17.2メートル以上の熱帯低気圧にともなう暴風雨。
typhoonに漢字を当てた言葉。
初め北西に進み、のちに偏西風や気圧配置の影響により、北東に進路を変えて進む。
- 颱風に傾くまゝや瓢(ふくべ)垣 杉田久女
- 颱風の去つて玄界灘の月 中村吉右衛門
- 颱風や虫の鳴きゐる石炭車 本田一杉
- 梯子あり颱風の目の青空へ 西東三鬼
- 颱風の蟬を拾へば冷たかり 佐野良太
やまじ
仲秋
台風性の南寄りの強風。主に瀬戸内海沿岸地方でこの呼び名がある。
やまぜともいい、山並みから吹き降ろす風のことをいう場合もある。
おしあな
仲秋
南東から吹く台風にともなう暴風。
主に長崎県沿岸部で呼ばれる。
北西の風「あなじ」の押し返しという意味で「おしあな」という。
行事に関する言い方
送りまぜ
初秋
陰暦七月、盂蘭盆会(うらぼんえ)を過ぎてから吹く南風。
近畿、中国地方の船人がつけた言葉。
精霊を送る気持ちをこめて「送りまぜ」という。
台風にともなう激しい強風も含まれる。
- 送りまぜ鋭き萱のみだれかな 杉山飛雨
盆東風(ぼんごち)
初秋
陰暦の盂蘭盆会の頃に吹く東風。
伊豆、鳥羽の船人の言葉。涼しさ、新涼をもたらす。
盆北風は、同じ盂蘭盆会の頃に吹く北風のことで、壱岐の船人の言葉。
- 盆東風のすこしつのりて山暴るゝ 大場白水郎
- 盆東風や紅刷きそめし山うるし 米谷静二
漁業、農業関係
高西風(たかにし)
仲秋
十月ごろの北西の強風。
九州、山陰地方でいわれた言葉。
高は子(ね)の方向、つまり「北」の意味。
- 高西風に秋たけぬれば鳴る瀬かな 飯田蛇笏
- 高西風の青き運河に鷗翔く 細田寿郎
大西風(おおにし)
晩秋
晩秋に吹く強い西風。
瀬戸内海や八丈島での呼び方。
低気圧が通り過ぎたあとの西からの強風。
青北風(あおぎた)
仲秋
九月から十月の晴天の日に吹く強い北風。
西日本の船人の言葉。
動植物に関する言い方
鮭颪(さけおろし)
仲秋
鮭が産卵のために川へ上ってくる仲秋の頃に吹く暴風。
主に東北地方での呼び方。
- 鮭おろし母なる河に濤押し入り 澤田緑生
- 廃船のどこか鳴るなり鮭颪 吉村唯行
黍嵐(きびあらし)
仲秋
穂をつけた黍の高い茎を倒さんばかりの秋の嵐。
芋嵐も同じく、地面に近い芋の葉をも翻すほどの強風。
- 案山子翁あちみこちみや芋嵐 阿波野青畝
- 雀らの乗つてはしれり芋嵐 石田波郷
雁渡し(かりわたし)
仲秋
雁が渡ってくる頃、初秋から仲秋にかけて、北方から吹いてくる風。
伊豆や伊勢の漁師の言葉だった。
- 雁渡し歳月が研ぐ黒き巌 大野林火
- 流木の磯に居坐る雁渡し 鈴木真砂女
- 鐘ひとり揺れて湖北の雁わたし 鷲谷七菜子
- めつむれば怒涛の暗さ雁渡し 福永耕二
萩の下風(はぎのしたかぜ)
初秋
萩の花の茂みの下を、風が吹き抜けていくこと。
荻の声(おぎのこえ)
初秋
荻を揺らして吹く秋の風。
鯉魚風(りぎょふう)
秋の風のことをいう。
時候の季語
律の風(りちのかぜ)
三秋
秋らしい感じがする風のことを、音調にたとえていう。
「律の調べ」の「律」は「呂(りょ)」とともに、音の音階、調子をあらわしている。
日本音楽で律は陰、呂は陽としたので(中国では逆)、春の陽に対して秋は陰、ということで秋らしい風を「律の風」といった。
地理の季語
花野風(はなのかぜ)
三秋
秋の季語「花野」の傍題。
さまざまな花が咲き乱れる秋の野に、花々を揺らして吹き渡る風。
春の花とは違い、花野には吾亦紅、松虫草、水引草、野菊などつつましやかな風情の花が多く咲く。
「お花畑、お花畠(おはなばた)」は夏の高山植物が咲く野原の意味で、夏の季語です。
花野原(はなのはら)、花野道(はなのみち)
さいごに
いくつの風の名前をご存知でしたか?
今日、外で風を感じたらぜひ一句詠んでみてくださいね。
ちなみに、風のようで風でない秋の季語もあげておきましょう。
「いろ取風(いろどりかぜ)」は萩(はぎ)の別称
「鳥風(ちょうふう)」は、鳥の大群が一斉に南下してくる羽音が大きくて、風のようにきこえる様子をいいます。