俳句で花といえば桜を意味するように、日本人はことのほか桜を春の喜びとともに愛でてきました。
毎年テレビでは桜前線の状況を逐一放送し、人々はお花見を楽しみます。
一斉に開花し世界を桜色に染め、あっという間にはらはらと散ってしまう潔さが、日本人の美意識に合っていたこともあり、桜は日本人の精神風土に深く根付いてきました。
桜は日本の農耕文化と深い関係があります。
昔、桜は田の神の出現とされ、桜の花によってその年の豊凶を占っていました。
そして桜の花を神格化したのが木花咲耶姫といわれています。
春の花、夏の時鳥、秋の月、冬の雪が四季を代表するものとされ、また連俳では花の定座、月の定座が定められています。
日本人の心に深く根付き、古くより文化にまで高められてきた桜。
卒業、入学などの時期と重なることもあり、学校にも多く植えられています。
人生の節目の思い出になっている方も多いのではないでしょうか。
そんな桜に関する季語を、二回に分けてお送りします。俳句を詠む際にぜひ参考になさってください。
1 桜の季語・植物
2 桜の季語・時候、天文、生活、行事
春の季語一覧
植物
初花(はつはな)
仲春
その年の春に、初めて咲く桜の花のこと。
長く待ってやっと会えた喜びの大きい言葉である。
- 旅人の鼻まだ寒し初ざくら 蕪村
- わき道の夜半や明くる初桜 千代女
- 袖たけの初花桜咲きにけり 一茶
彼岸桜(ひがんざくら)
仲春
染井吉野よりも早く、彼岸の頃(三月二十一日ころ)に花を咲かせる。
花は淡い紅色で、小さめの一重咲きである。
- 谷々に彼岸ざくらの枯木灘 角川源義
枝垂桜(しだれざくら)
仲春
糸桜ともいわれ、一重の淡紅色の桜。
細い枝が糸のように垂れ下がり、満開時には花の滝のようになる。
- ゆき暮れて雨もる宿やいとざくら 蕪村
桜
晩春
古来より日本人に特別愛でられ、花といえば桜のことをさし、国花ともされている。
昔、桜は田の神の出現とされ、桜の花によってその年の豊凶を占っていた。
桜の花を神格化したのが木花咲耶姫といわれる。
四季を代表するもの(春の花、夏の時鳥、秋の月、冬の雪)のひとつ。
また連俳では花の定座、月の定座が定められているように、まさに桜は花の王である。
品種もさまざまなものがある。
世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
在原業平 古今集 巻一
見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむのちぞ咲かまし
伊勢 古今集 巻一
たれこめて春の行方もわかぬまに待ちし桜も移ろひにけり
藤原因香(よるか) 古今集 巻二
- 品種…染井吉野(そめいよしの)、深山桜(みやまざくら)、大島桜(おおしまざくら)、大山桜(おおやまざくら)、牡丹桜(ぼたんざくら)、里桜(さとざくら)、茶碗桜(ちゃわんざくら)、南殿(なでん)、丁子桜(ちょうじざくら)、目白桜(めじろざくら)、豆桜(まめざくら)、富士桜(ふじざくら)、ははか、上溝桜(うわみずざくら)、金剛桜(こんごうざくら)、犬桜(いぬざくら)、しおり桜(しおりざくら)、左近の桜(さこんのさくら)、雲珠桜(うずざくら)、楊貴妃桜(ようきひざくら)、秋色桜(しゅうしきざくら)
- 朝桜(あさざくら)、夕桜(ゆうざくら)、夜桜(よざくら)、桜月夜(さくらづきよ)
- 嶺桜(みねざくら)、庭桜(にわざくら)、家桜(いえざくら)
- 若桜(わかざくら)、姥桜(うばざくら)、桜の園(さくらのその)
- さまざまの事思ひ出す桜かな 芭蕉
- 明星や桜定めぬ山かづら 其角
- 夕桜城の石垣裾濃なる 中村草田男
- 一本の桜大樹を庭の心 松本たかし
- この土やさくら咲く国わが住む国 細木芒角星
花
晩春
春の花の代表として、花といえば桜をさすが、ただ「花」といった場合は桜という種名を超えて、豊かで華やかなイメージを持つ。
「花といへるは賞翫の惣名、桜は只一色の上也(宇陀法師)」
昔は山の桜の咲く様子で、その年の稲の実り具合を占い、花が早く散るのは悪い予兆とされた。
花といえば、華やかさをイメージするが、同時にはかなさやもろさ、不安の象徴でもあった。
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
紀友則 古今集 巻二
願はくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ
西行法師 続古今集 巻十七
- 辻駕籠(つじかご)や雲に乗り行く花のやま 西鶴
- しばらくは花の上なる月夜かな 芭蕉
- 花の香や嵯峨のともしび消ゆる時 蕪村
- 雀来て障子にうごく花の影 夏目漱石
- 今生の今日の花とぞ仰ぐなる 石塚友二
山桜(やまざくら)
晩春
関東以西に多く自生する、桜の品種の一つ。
赤みがかった若葉と同時に花が咲く。
吉野山の山桜が有名である。
- 見返れば寒し日暮れの山桜 来山
- 山桜白きが上の月夜かな 臼田亜浪
- 山桜雪嶺天に声もなし 水原秋桜子
八重桜(やえざくら)
晩春
桜の中では最も遅く開花する桜で、葉とともに大きめで八重咲きの紅色の花が咲く。
花は塩漬けにして桜湯に用いる。
開花時期が遅い八重桜が咲く頃は、気温も暖かく安定してくるので、草花の種まきの目安ともなっている。
- 八重桜日輪すこしあつきかな 山口誓子
- 満ち足らふことは美し八重桜 富安風生
遅桜(おそざくら)
晩春
春の盛りを過ぎて、大方の花が散った後に遅れて咲く桜のこと。
- 風邪声の下り居の君や遅桜 蕪村
- ほつかりと咲きしづまりぬおそ桜 暁台
落花(らっか)
晩春
桜の花が散ること。
昔から桜の花は散り際の潔さ、美しさが賞美されてきた。
- 花散りてまた閑かなり園城寺 鬼貫
- 四方より花吹き入れて鳰の海 芭蕉(鳰…にお、かいつぶり)
- 静かさや散るにすれ合ふ花の音 樗良
- てのひらに落花とまらぬ月夜かな 渡辺水巴
- 風吹いて落花の水の割れにけり 加倉井秋を
- 夫婦とて死は別別に花吹雪 山畑禄郎
残花(ざんか)
晩春
春も末の頃になっても残っている桜の花。
ほとんど散ってしまって葉も出ている桜の木に、少しだけ咲き残っている花がある。
- 毎日のかなしき日記残る花 山口青邨
- 人を見ぬ残花や山河くすくすと 永田耕衣
桜蘂降る(さくらしべふる)
晩春
桜の花びらが散った後、萼についている細い蘂が降る。
地面に紅色の蘂がたくさん散り敷いているのが見られる。
- 札所ひま桜蘂ふるばかりなり 宮下翠舟
- 桜蘂ふる一生が見えてきて 岡本眸