秋の代表ともいえる月。
古来、中秋の名月のお月見はもちろんのこと、前後のさまざまな月を愛でてきました。
今回はそんなさまざまな月に関する秋の季語、天文編です。
満ち欠けする月のそれぞれの名前、夜空の名前など、たくさんの言葉があります。
(お月見など、生活や行事に分類される季語は、秋のお月見の季語をご覧ください。)
秋の夜にはしばし空を見上げて、一句詠んでみませんか。
天文
月(つき)
三秋
春の花に対して、秋の代表とされる月。たんに「月」といえば秋の月をさす。
連俳では「月の定座」「花の定座」が定められている。
月みれば千々にものこそかなしけれ我が身ひとつの秋にはあらねど
大江千里 古今集巻一九三

月の暈
真如の月 (しんにょのつき…雲に覆われても、月は常に清く明らかなことを真如に例えた言い回し)
注・三日月の傍題に「月の剣・つきのつるぎ」(三日月の異称)があります。)
萩が根に月さし入りて風細し 樗良
浮世の月見過しにけり末二年 西鶴
椴(とど)の木のすんと立ちたる月夜かな 鬼貫
月はやしこずゑは雨を持ちながら 芭蕉
ふるさとの月の港を過(よぎ)るのみ 高浜虚子
月さして一間の家でありにけり 村上鬼城
月光にいのち死にゆくひとゝ寝る 橋本多佳子
ほつと月がある東京に来てゐる 種田山頭火
月光は天へ帰らず降る落葉 野見山朱鳥
月の出や総立ちとなる松林 徳永山冬子
一面の真葛の山の月一つ 岩木躑躅
月の道子の言葉掌に置くごとし 飯田龍太
月明の畝あそばせてありしかな 永田耕衣
祇王寺の堤灯かりぬ薮の月 江口竹亭
月代(つきしろ)
三秋
月が出ようとして、東の空がほんのりと白みわたること。
月代や海を前なる夕炊(かし)ぎ 大須賀乙字
月しろのしばらく間ある露葎 飯田蛇笏
月代や波伸びあがりのびあがり 和田祥子
月代やほのかに酔ひて袖振りて 小坂順子
上り月(のぼりづき)
三秋

19時ごろ、南の空のイメージ
秋を通じて、陰暦の朔(ついたち、新月)から望(もち、満月)になるまで夜毎に丸く満ちていく、上半月のこと。
降り月(くだりづき)
三秋

2時ごろ、南の空のイメージ
秋を通じて、望の満月を過ぎて夜毎に欠けてゆき、朔に向かう陰暦の月末までの下半月のこと。
盆の月(ぼんのつき)
初秋

盆提灯
陰暦七月十五日の、盂蘭盆(うらぼん)の夜の月。
名月の一ヶ月前にあたる。
精霊(しょうりょう)棚に切子燈籠(きりこどうろう)が燈されて、供養の趣のある月である。
- 踊るべき程には酔うて盆の月 李由
- 浴(ゆあみ)して我が身となりぬ盆の月 一茶
- 水草にむかへて来たり盆の月 士朗
- ものゝふの打とけ顔や盆の月 葛三
- かゝげても燈火暗し盆の月 蝶羽
- 故里を発つ汽車に在り盆の月 竹下しづの女
- 盆の月ひかりを雲にわかちけり 久保田万太郎
- ふるさとに墓あるばかり盆の月 鈴木花蓑
- 八十の母の起居や盆の月 中田みづほ
- 裏口に草木の匂ひ盆の月 鷲谷七菜子
初月(はつづき)
仲秋
陰暦八月初めの頃(六日ころまで)の月。(七日の月が上弦なので、それ以前の、光る部分が半分以下くらいまで)
初めの頃のまだ細い月だが、名月を待つ期待の込められた季語である。
- 白河や若きもかがむ初月夜 素堂
- 初月や影まだしまぬ地のくもり 素丸
- 貝割れの菜畑の奥や初月夜 巣兆
二日月(ふつかづき)
仲秋
陰暦八月二日の月。
朔(ついたち)の次の日の細く微かな月で、日の入後の西の空に少しの間見え、すぐ沈む。
- 月かともいはん間もなき二日かな 杉風
- 凩に二日の月の吹き散るか 荷兮
- 雨そゝぐ水草の隙(ひま)や二日月
- あら波や二日の月を捲いて去る 正岡子規
- あかね雲ひとすぢよぎる二日月 渡邉水巴
三日月(みかづき)
仲秋
陰暦八月三日の月。
西の夕空にほっそりとした眉型の月が見え、やがて沈んでゆく。
月齢三日の月の総称でもあり、月齢によらず、前後二、三、四日ごろの月をもいう。
また、同じく秋の時候の季語の「文月(ふみづき、陰暦七月の異称)」の傍題に「新月(しんげつ)」があります。
- 三日月に地はおぼろなり蕎麦の花 芭蕉
- 三日月にかならず近き星一つ 素堂
- 新月や青橘の影ぼふし 蓼太
- 三日月にひしひしと物の静まりぬ 千代女
弓張月(ゆみはりづき)
三秋

上弦の月
弓の弦を張ったような形の月。
上弦は陰暦の七、八日頃の宵月、下弦は陰暦二十二、三日頃の夜半過ぎの月である。

下弦の月
夕月夜(ゆうづきよ)
三秋
陰暦八月の二日月から、七、八日頃までの上弦の月の夜。
その頃は宵の間だけ月が見え、まもなく沈んでゆく。
夕暮れの薄明の詩情豊かな言葉である。
- ひとり居ればひとり嬉しや宵月夜 士朗
- 夕月や萩の上行くおとし水 一茶(落とし水…稲を刈る前に、田を干すために流し出す水のこと)
待宵(まつよい)
仲秋
陰暦八月十四日の夜。
十五夜の月を待つ心が込められている。
- 故郷はいかに侍らんこもち月 貞室
- 西瓜ほどまだ斜(ひずみ)あり小望月 許六
- 待宵や流浪の上の秋の雲 惟然
- 待宵をたゞ漕行くや伏見舟 几董
- 江戸川や月待宵の芒船 一茶
名月(めいげつ)
仲秋
陰暦八月十五日、十五夜の月であり、中秋の満月である。
中国では中秋節として祝うが、日本でも秋の収穫を感謝する祭りである初穂祭としてこの満月を祝ってきた。
芋や団子、豆、芒などを備えるのも、もともと農耕行事であったことからきていて、芋名月とも呼ばれる。
- 名月や門へさしくる潮頭 芭蕉
- 名月や畳の上に松の影 其角
- 名月や煙はひ行く水の上 嵐雪
- 名月や眼ふさげば海と山 白雄
- 名月を取てくれろと泣く子かな 一茶
- 名月や故郷遠き影法師 夏目漱石
- 明月や舟を放てば空に入る 幸田露伴
- 今日の月馬も夜道を好みけり 村上鬼城
- 盃はめぐり望月とゞまらず 岩木躑躅
- 厨子の前望のひかりの来てゐたり 水原秋櫻子
- けふの月長いすゝきを活けにけり 阿波野青畝
- 満月の紅き球体出で来る 山口誓子
- 十五夜や母の薬の酒二合 富田木歩
- 満月の暗闇多き奈良の町 加藤知世子
- 明月を仰ぎよろめく余生かな 原田種茅
良夜(りょうや)
仲秋
月の良い夜という意味で、俳句ではとくに十五夜のことに用いられ、十三夜のことに用いる場合もある。
八月十五日、九月十三日は婁宿(ろうしゅく)なり。この宿、清明なるゆゑに月を翫(もてあそ)ぶに良夜とす。
徒然草
月白く風清し、此良夜を如何
蘇東坡(そとうば)後赤壁賦
- お茶の木は一つの花の良夜かな 渡辺水巴
- 芋の葉影土に蒐(あつ)まれる良夜かな 西山泊雲
- 足音のわれにつきくる良夜かな 星野立子
- 生涯にかゝる良夜の幾度か 福田蓼汀
無月(むげつ)
仲秋
陰暦八月十五日の満月の夜に、空が曇って月が見えないこと。
雲の様子によってはどこかほの明るく見える。
- 無月なる軒のたまみづおもしろや 高浜虚子
- いくたびか無月の庭に出でにけり 富安風生
- 一人行く無月の道のくらからず 皿井旭川
- 棕櫚を揉む風となりたる無月かな 桂信子
雨月(うげつ)
仲秋
陰暦八月十五日の満月の夜に、雨が降ること。
雨でもどこか薄明るいこともある。
- 雨の月どこともなしの薄明り 越人
- 降りかねて今宵になりぬ月の雨 尚白
- 旅人よ笠島語れ雨の月 蕪村
- 垣の外(と)へ咲きて雨月の野菊かな 渡辺水巴
十六夜(いざよい)
仲秋
名月の次の日、陰暦八月十六日の夜、またはその夜の月のこと。
「いざよふ」とはたゆたい、ためらうことであり、十五夜よりやや遅れて出るので、ためらいながら出る月という意味で「いざよう月」とも用いられる。
- いざよひや闇より出づる木々の影 樗良
- 十六夜の闇をのせたり浪花舟 蒼虬
- 十六夜や一声こぼす五位の声 嵐外
- かけ橋やいざよふ月を水の上 飯田蛇笏
- 十六夜や水よりくらき嵐山 横山蜃楼
立待月(たちまちづき)
仲秋
陰暦八月十七日の月。名月から二日後である。
縁に立ったり戸口に出たりして立って待っている月という意味。
名月から少しずつ月の出が遅くなり、名残を惜しみつつ、一夜ごとに名を変えてゆく月を追いながら賞でるのである。
- 立待や夜毎に峰の高うなり 巨洲
- 立待の月ほのかなる小雨かな 伊志井寛
- 立待やただ白雲の漠々と 原コウ子
- 紫蘇の実を漬けて雨降る十七夜 若月瑞峰
居待月(いまちづき)
仲秋
陰暦八月十八日の月。名月から三日目で、満月の時より一時間余りも遅れて昇る。
家の居間や座敷でゆっくり待つ月という意味。
- 半(なかば)読む明石の巻や居待月 幸日
- 独り淹れて独り酌む茶や居待月 松根東洋城
- こほろぎやくもりわたれる居待月 五十崎古郷
- 宿の帯二た重に足らず居待月 米澤吾亦紅
臥待月(ふしまちづき)
仲秋
陰暦八月十九日の月。名月から四日目にあたる。
寝床に入ってからその月を窓から見たという意味。(電気のない昔は夜が現在よりも早かった。)
臥しながら待ち、寝たままで見るというその月は、満月よりも光が弱くなりどことなく寂しい趣がある。
- 又ことし松を寝待の月出でぬ 一茶
- 蘭の影二つより添ふ寝待月 水原秋櫻子
- 食後また何煮る妻か寝待月 本多静江
更待月(ふけまちづき)
仲秋
さらに一夜経て、陰暦八月二十日の夜半の月である。
傍題の亥の刻とは現在の午後十時頃のこと。半月に近くまで欠けている。
- 更待や階きしませて寝にのぼる 稲垣きくの
- 天窓に更待月や休め機(ばた) 大宮広子
宵闇(よいやみ)
仲秋
名月を過ぎてからの宵は月の出もだんだんと遅くなり、深い闇に包まれている。
暗さが一層深々として、今年の名月も過ぎて秋が深まってゆくという感じが込められている。
- よひやみや門に稚(おさな)き踊り声 太祇
- 宵闇の水うごきたる落葉かな 渡辺水巴
- 宵闇と聞く淋しさの今宵より 後藤夜半
- 宵闇の牛の温みとすれちがふ 細川加賀
有明月(ありあけづき)
仲秋
有明は夜明け、明け方のこと。その頃の、ほの明るい中にある月のこと。
月もだんだん出が遅くなり、翌朝の有明空に残っている淡い月を見るようになる。
- 猪の寝に行く方や朝の月 去来
- 有明や晦日に近き軒行灯(あんどん) 一茶
- 有明や光をしぼる竹の露 成美
真夜中の月(まよなかのつき)
仲秋
更待月以降、陰暦八月二十三日の月、もしくはその頃の、遅く夜半にのぼってくる月の総称。
寝静まった後で半月に近い月が照らす様子は、冷やか、冷さまじという季感を伴っている。
- 俳諧の二十三夜を誰と待たん 景山筍吉
- 桑畑に霧ふる二十三夜月 田口土之子
- 飛騨刺子さし終ふ二十三夜月 臼井軍太
後の月(のちのつき)
晩秋
陰暦九月十三日の月。
晩秋にもう一度、満月ではなく少し欠けた月を賞し月見をする。
少し欠けている淋しさが、深まる秋をよりいっそう感じさせる。
十五夜の芋名月に対して、豆名月、栗名月ともいう。
- 山茶花の木間見せけり後の月 蕪村
- へだたりし人も訪ひけり后の月 白雄
- 後の月須磨より人の帰り来る 士朗
- 露けさに障子たてたり十三夜 高浜虚子
- 遠ざかりゆく下駄の音十三夜 久保田万太郎