秋の虫の季語、二回目は蟋蟀(こおろぎ)、鈴虫などの虫の音(むしのね)編です。
季語でただ「虫」といえば、秋の鳴く虫を意味するほど、古くから虫の音を愛でてきました。
まだ残暑厳しい頃から、夜になると草むらから虫の音が聞こえてくるようになります。
鳴くのはほとんどの場合雄だけで、種類によって特定の鳴き方をします。
七十二候の「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」は、二十四節気の寒露の末候にあたり、晩秋に蟋蟀(こおろぎのこと)が戸の辺りで鳴くという意味です。
(螽斯(きりぎりす)のことは、鳴き声から「機織(はたおり)」と呼んでいました。)
秋の夜長に虫の音に耳を傾けながら、ぜひ一句詠んでみてくださいね。
1 秋の虫の季語・蜻蛉、蟬、蝶など夏から見られる虫たち
2 秋の虫の季語・蟋蟀(こおろぎ)、鈴虫などの虫の音
3 秋の虫の季語・螇蚸(ばった)、蟷螂など身近な虫たち
動物
虫(むし)
三秋
秋に鳴くコオロギ科、キリギリス科の虫のこと。
「虫すだく」は虫が集まることで、集まって鳴くことという意味になった。
昔は虫の声のよしあしを合わせて遊ぶのを「虫合せ」といい、虫の声を聞くために郊外を歩くことを「虫聞」といった。
虫の音に人々はもののあはれを感じ、歌に詠んできた。
わがために来る秋にしもあらなくに虫の音聞けばまづぞかなしき
よみ人しらず 古今集
虫の音も長き夜あかぬふるさとになほ思ひ添う松風ぞ吹く
藤原家隆 新古今集
和歌の伝統を受けて、虫というだけで、秋の鳴く虫をさすようになった。
- 虫の音や夜更てしづむ石の中 園女
- 窓の燈の草にうつるや虫の声 正岡子規
- 其中に金鈴をふる虫一つ 高浜虚子
- 虫の夜の更けては葛の吹きかへす 飯田蛇笏
- 虫なくや我れと湯を呑む影法師 前田普羅
- 虫幽か(かすか)なればおのづと人語澄む 臼田亜浪
- 閂をかけて見返る虫の闇 桂信子
残る虫(のこるむし)
晩秋
秋が深まり初冬を目前とした頃になっても、細々と鳴く虫のこと。
すがる虫のすがるは、尽る、末枯る、から派生した言い方。
- 残る虫無間地獄に鳴きひそむ 山口誓子
- ひとつ音のかしこばかりに虫名残 皆吉爽雨
- のこる虫汲みかへて茶の匂ひなき 石橋秀野
- 残る虫聞きゐて命一つなり 秋光泉児
蟋蟀(こおろぎ)
三秋
初秋から草地などで夜に鳴き始め、涼しくなって来ると昼間から鳴いている。
つづれさせ蟋蟀というのは普通のコオロギのことで、着物の綴れ(つづれ)を刺せと、秋の準備をするよう促す鳴き声とされたため。リ、リ、リ、リ、リと鳴く。
一番大きいエンマコオロギも多く見られ、コロコロリーリーと涼しげに鳴く。
ほかにもミツカドコオロギ、オカメコオロギなど様々な種類が生息する。
夕月夜心もしのに白露の置くこの庭に蟋蟀鳴くも
湯原王(ゆはらのおおきみ)万葉集
庭草に村雨ふりて蟋蟀の鳴く声聞けば秋づきにけり
作者不詳 万葉集
- ころころやこのごろ物の影深く 臼田亜浪
- この辺り母の座りしちちろ鳴く 長谷川かな女
- たのしさはふえし蔵書にちゝろ虫 水原秋櫻子
- 明け四時の街蟋蟀を鳴かすのみ 石塚友二
鈴虫(すずむし)
初秋
七月から九月ころにかけて鳴く鈴虫は、草地などで夜になると、翅を垂直に立てて左右に細かく震わせ、リーン、リーンと鈴のような音色を出す。
昔は鈴虫のことを松虫と呼び、松虫を鈴虫と逆に呼ばれていた。
年へぬる秋にもあかず鈴虫のふりゆくままに声のまされば
藤原公任(ふじわらのきんとう)後拾遺集
ふる里にかはらざりけり鈴虫の鳴海の野べの夕暮の声
橘為仲(たちばなのためなか)詞花和歌集
鈴は振ると鳴るので、「ふる、ふり」を掛けていた。
- 鈴虫の声ふりこぼせ草の闇 亜柳
- 飼ひ置きし鈴虫死で庵淋し 正岡子規
- 鈴虫のいつか遠のく眠りかな 阿部みどり女
- 鈴虫にいくらも降らず暮色なる 目迫秩父
松虫(まつむし)
初秋
鈴虫よりも少し大きめの淡褐色で、八月ころから草地でチンチロリンと鳴く。
昔は松虫のことを鈴虫、鈴虫を松虫と逆に呼んでいた。
こむと言ひし程も過ぎにし秋の野に人松虫の声の悲しさ
紀貫之 古今和歌六帖
松虫は、「待つ」に掛けていた。
- 風の音は山のまぼろしちんちろりん 渡辺水巴
- ききそめて松虫のまだ幼な鳴き 富安風生
- 松虫や子等静まれば夜となる 阿部みどり女
- 松虫におもてもわかぬ人と居り 水原秋櫻子
邯鄲(かんたん)
初秋
緑色で細身の1.5cmほどの虫で、八月ころから、ルルルルルル…と連続して鳴く。
その鳴き声がどこかはかなげに聞こえるため、中国の故事「邯鄲の夢」から名付けられたという。
- 月の出の邯鄲の闇うすれつつ 大野林火
- 邯鄲や樅のほつ枝に星一つ 相馬遷子
- 邯鄲の骸(むくろ)透くまで鳴きとほす 山口草堂
- 目つむりて邯鄲の声引きよせし 上村占魚
草雲雀(くさひばり)
初秋
淡褐色の7mmほどの小さな虫で触覚が長く、フィリリリリリ…と鳴く。
関西では朝鈴とも呼ばれ、朝や日中から木や草の葉上で鳴く。
- くさひばり色なくなりし空に鳴く 西垣脩
- 草ひばり浪の絶え間も鳴けるなり 渡辺鶴来
- 野にあればどこかが痛し草雲雀 中村苑子
鉦叩(かねたたき)
初秋
茶色で1〜1.5cmほどの虫で、八月頃から灌木や植え込みなどで、チッチッチッチッという鉦を叩くような音で鳴く。
体の真ん中あたりに濃い茶色の帯をしているように見えるのが特徴。
- 真夜中に眼覚めて宜し鉦叩 藤田耕雪
- 鉦叩風に消されてあと打たず 阿部みどり女
- 月出でて四方の暗さや鉦叩 川端茅舎
- ある夜ふと死があゆみをり鉦叩き 加藤楸邨
- 誰がために生くる月日ぞ鉦叩 桂信子
螽斯(きりぎりす)
初秋
緑色または褐色の、バッタやイナゴに似た虫で、触覚と足が長く、草むらでチョンギース、ギーッチョンと鳴く。その音が機織を動かす時の音に似ているため、古くは機織る虫、機織女(はたおりめ)、機織(はたおり)とも呼んだ。
平安時代に「きりぎりす」はコオロギのことをさしていた。
百人一首で有名な「きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む」(新古今集)はつづれさせコオロギのことである。
- はたおりや夜なべする灯を取に来る 也有
- 草の葉や足の折れたるきりぎりす 荷兮
- きりぎりす時を刻みて限りなし 中村草田男
- 濤へ濤かぶさり昏るるきりぎりす 山崎為人
馬追(うまおい)
初秋
キリギリス科の緑色の虫で、秋にスイーッチョンと鳴く。
その鳴き声が馬を追う声に似ているところから名付けられた。
- 馬追の緑逆立つ萩の上 高野素十
- 馬追や更けてありたるひと夕立 星野立子
- 停電に馬追の声狂ひなく 渋沢渋亭
轡虫(くつわむし)
初秋
大型のキリギリス科の虫で緑色または褐色、幅広い翅をもつ。
ガチャガチャガチャガチャ…という鳴き声が、馬の口につける轡(くつわ)の音に似ているために名付けられた。
- 城内に踏まぬ庭あり轡虫 太祇
- 轡虫また鳴き立ちぬ月や出し 佐藤紅緑
- がちゃがちゃや月光掬ふ芝の上 渡辺水巴
- 森を出て会ふ灯はまぶしくつわ虫 石田波郷