秋の虫の季語、三回目は螇蚸(ばった)、蟷螂など身近な虫たち編です。
古くから稲作中心であった日本において、蝗(いなご)、浮塵子(うんか)など稲の害虫も数多く季語となっています。
また、「われから」や「蚯蚓鳴く(みみずなく)」など俳句独特の用いられ方をする季語も取りあげています。
1 秋の虫の季語・蜻蛉、蟬、蝶など夏から見られる虫たち
2 秋の虫の季語・蟋蟀(こおろぎ)、鈴虫などの虫の音
3 秋の虫の季語・螇蚸(ばった)、蟷螂など身近な虫たち
動物
螇蚸(ばった)
三秋
緑色をして後肢で大きくジャンプするバッタは、飛ぶときに前後の翅を合わせてキチキチと音を出す。
俳句では、はたはたという異称を用いることが多い。
イネ科の植物を食べるので農業上害虫とされている。
- あしもとにちさきばつたの音ありし 吉岡禅寺洞
- はたはたのをりをり飛べる野のひかり 篠田悌二郎
- しづかなる力満ちゆき螇蚸とぶ 加藤楸邨
- 海の霧精霊ばつた濡らしたる 宇佐美魚目
蝗(いなご)
三秋
バッタより小さく緑色で翅は淡い褐色。
稲を食害するが、捕まえて佃煮などにして食用にもされる。
- 鴫網(しぎあみ)の目にもたまらぬ螽かな 史邦
- 先へ先へ行くや螽の草うつり 樗堂
- 夕焼けて火花の如く飛ぶ蝗 鈴木花蓑
稲舂虫(いねつきむし)
三秋
稲舂虫(いねつきむし)とは、古くから親しまれた呼名であるがどの昆虫を指すか不明であった。
米を搗くような動作をするばったを総称する言葉だが、精霊ばったの別名ともされている。
長い後脚の先端を揃えて持つと、脚を曲げ伸ばして体が上下に動き、米を搗くような動作をすることから呼ばれるようになったと思われる。
- 鼻先に米搗虫や来て搗ける 石塚友二
稲虫(いなむし)
三秋
特定の種類を指すのではなく、稲に害を与える虫の総称である。
蝗(いなご)、浮塵子(うんか)、亀虫(かめむし)など。
- くはずとも露なめもせで稲の虫 土芳
- 道の辺や小萩にうつる稲の虫 樗堂
- 稲虫のむつつりとをる筑波かな 大石悦子
浮塵子(うんか)
三秋
稲の害虫で、体長5mmほどの薄緑色または褐色で形は蟬に似ている。
稲の茎や葉に群生し、口針をさして汁液を吸い、稲を枯らしたりウイルスに感染させる。
群がって飛ぶときに、雲霞(うんか)のごとく見えることから、その名がついた。
また斎藤実盛の亡霊の生まれ変わりだとする伝説があり、実盛虫とも呼ばれる。
- 浮塵子来て鼓打つなり夜の障子 石塚友二
- 喪の家に浮塵子まつはる別れかな 石田あき子
- 硯海におぼるる一つ浮塵子くる 三浦恒礼子
横這(よこばい)
三秋
ヨコバイ科に属する昆虫の総称。体長数ミリで黄色、黄緑、緑色など。
浮塵子(うんか)と同じくセミを小さくしたような形をしている。
植物の液汁を吸い、稲の害虫である。
歩くときに横に移動するため、その名がついた。
人に触れると皮膚を刺すこともある。
- 燈火によこぶよ多し浪の音 籾山梓月
- よこ這ひの行間それて踏み込まる 阿部筲人
蟷螂(とうろう)
三秋
カマキリは鎌状の前肢で他の虫を捕食する、肉食性の緑色をした大型の昆虫。
前肢が鎌のように見えるので鎌切、斧に見立てて斧虫ともいう。
拝むような格好をするので拝み太郎、いぼを蟷螂に食わせると消えるという言い伝えから、いぼむしり、いぼじりとも言われた。
カマキリの雌は交尾の後、雄を食べることもある。
蟷螂の斧(とうろうのおの)という故事があり、大きな車にも立ち向かって前肢を振り上げたという。弱いものが自らの力も顧みずに強敵に立ち向かうことの喩えとされる。
- 蟷螂や露引きこぼす萩の枝 北枝
- 蟷螂が片手かけたり釣鐘に 一茶
- 草穂つかんで立つ蟷螂や佐久平 渡辺水巴
- ゆさゆさと風に身を漕ぐ蟷螂かな 野村喜舟
われから
三秋
海藻に付着しているごく小さな甲殻類「ワレカラ」と同一のものと考えられている。(「ワレカラ」は実際には鳴かない)
俳句でわれからというと、実体は不明で、藻にすんで鳴くといわれている。
蚯蚓や蓑虫のように、俳句の世界では鳴くものとして詠まれるものとなっている。
海女の刈る藻に住む虫のわれからと音をこそ鳴かめ世をば恨みじ
古今和歌集 藤原直子(ふじはらのなほいこ)
恋歌の詞句として多く用いられた。
- 折々や藻になく虫の声沈む 闌更
- 我からの音を鳴く風の浮藻かな 伊藤松宇
- 藻に鳴くや何に灯ともす海士が家 大谷句仏
- 清夜ふと藻に住む虫の音を聞けり 細木芒角星
螻蛄鳴く(けらなく)
三秋
螻蛄(けら)は田畑などの土の中に巣穴を掘って生活し、土の中でジーージーーという大きな鳴き声を出す。
昔の人はその声を蚯蚓(みみず)の声と誤って「蚯蚓鳴く(みみずなく)」という季語が生まれたという説もある。
螻蛄は土を掘る、水中を泳ぐ、飛ぶ、走る、木に登るなど出来ることが多いが、いずれも卓越したものではないため、多芸ではあるがどれも拙いことを「螻蛄芸」、「けらの芸」というようになった。
- けら鳴くと月仰ぎゐし人云へり 江口帆影郎
- 螻蛄なくや教師おのれにかへる時間 加藤楸邨
- 螻蛄鳴いてをるや静に力無く 京極杞陽
蚯蚓鳴く(みみずなく)
三秋
秋の夜の静けさに、ジーーーーと長く鳴く声のことを、蚯蚓鳴くという。
実際は蚯蚓は鳴かないので、空想的な季題として捕らえられることが多い。
土の中から聞こえるジーー、ジーーという螻蛄(けら)の鳴き声を、昔の人は蚯蚓(みみず)の声と誤って「蚯蚓鳴く」という季語が生まれたという説もある。
- 露と波とに蚯蚓鳴くらん芥川 才麿
- 長夜や蚓の声も長恨歌 蝶年
- 蓙(ござ)ひえて蚯蚓鳴き出す別かな 寅彦
- 蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ 茅舎
地虫鳴く(じむしなく)
三秋
地虫とは地中に住む虫のことで、秋の夜に地中からジーーと虫の声が聞こえるのを、地虫鳴くといった。
静かな秋の夜の淋しい情緒を感じさせる。
- 地虫鳴くこゑ地中にてとぎれつつ 山口誓子
- 地虫きゝ夜ふけの廈(いへ)をいぶかしむ 石田波郷
- 地虫鳴く声を能面じつと聞く 品川鈴子
竈馬(いとど)
三秋
古い日本家屋の台所や縁の下などに棲み、長い後肢で跳躍することから名付けられた。
褐色の体に長い触角をもち、暗闇を飛ぶという、一種おかしみのある虫である。
古く「いとど鳴く」と詠まれたのは蟋蟀(こおろぎ)のことで、竈馬には羽や発声器官はない。
- 断崖を跳ねしいとどの後知らぬ 山口誓子
- 一ト跳びにいとどは闇へ帰りけり 中村草田男
- 妻なしの夜を重ねむいとどかな 吉田鴻司
- 品川過ぎいとど舞ひ込む終電車 松崎鉄之介
蓑虫(みのむし)
三秋
ミノガ科の蛾の幼虫で、枯葉や小枝で袋状の巣を作って、枝にぶら下がっている様子が「蓑(みの)」に似ているためその名がついた。
昔、蓑虫は鬼の捨てた子という言い伝えがあり、秋になると蓑虫が「父よ父よ」と鳴くと枕草子に記述がある。
実際には蓑虫は鳴かないので、鉦叩(かねたたき)のチッチッという鉦を叩くような音の声であったと考えられている。
枝にぶら下がって秋の風に吹かれている様子が、淋しさや哀れさを感じさせる。
- 蓑虫のあたゝまりゐる夕日かな 原石鼎
- 蓑虫の留守かと見れば動きけり 星野立子
- 蓑虫や滅びのひかり草に木に 西島麦南
- 蓑虫の相逢ふ日なし二つゐて 三橋鷹女
茶立虫(ちゃたてむし)
三秋
チャタテムシ目の虫の総称で、屋内では紙類を食べる1mmほどの茶色の翅を持たない小さい虫が多い。
スカシチャタテという3mmほどの翅のある種類が、障子などにとまって、足にある発音器官をこすってサッサッサッという音を出すのが、茶を点てる音也小豆を洗う音ににているところから名付けられた。
- 有明や虫も寝あきて茶をたてる 一茶
- やがて吾子睡りし後を茶立虫 杉山岳陽
- 茶立虫聴きし世は灯も暗かりき 太田嗟
放屁虫(へひりむし)
三秋
三井寺ごみむしの別称で、触ると腹部先端から音とともに臭いにおいを出す。
水田や河原など湿った土地に生息する。
また、カメムシ、ゴミムシ、オサムシなどのように、捕らえようとすると悪臭を放つ虫の俗称。
滑稽感のある、妙な味わいのある季語である。
- 御仏の鼻の先にて屁ひり虫 一茶
- 放屁虫貯(たくはへ)もなく放ちけり 相島虚吼
- 放屁虫おろかなりとはいひがたき 軽部烏頭子
菊吸虫(きくすいむし)
三秋
菊の害虫で、カミキリムシの一種。
菊の茎を噛みそこに産卵するので、そこから上は枯れてしまう。
- わが旦暮菊吸虫のありやなし 飯島晴子
- 菊吸虫の嚙疵鍵を失ひぬ 星野紗一
栗虫(くりむし)
晩秋
栗の実につく害虫で、おもにクリシギゾウムシの幼虫をさす。
成虫は若い栗の毬(いが)の上から産卵し、孵化した幼虫が実を食べる。
穴の空いた栗から白い幼虫が出てくることがある。
- 食ひ入りて出づるを忘る栗の虫 小檜山繁子
- 栗虫の麻呂と謂へるが出できたり 大石悦子
- 栗を出て行き所なき栗の虫 江中真弓
刺虫(いらむし)
初秋
刺蛾(いらが)の幼虫で、様々な木の葉にいる、とげとげしい黄緑色の毛虫。
刺されるととても痛い。
硬い繭は木の幹につき、雀の担桶(すずめのたご)という。
- 野仏の前いらむしに螫(さ)されをり 加藤楸邨
芋虫(いもむし)
三秋
蝶や蛾の毛がない幼虫。
芋の葉を食べるので名付けられたが、芋の葉を食べるのは雀蛾(すずめが)の幼虫だけである。
揚羽蝶(あげはちょう)はミカンなど柑橘類の葉に卵を産み、幼虫はその葉を食べて育つので、柚子坊と呼ばれる。山椒も柑橘類なので、揚羽の幼虫に食害される。
- 芋虫のぶつくさと地にころげたる 清原枴童
- 芋虫の居るものゝ葉に風重し 小杉余子
- 芋虫のころげ二列の足ならぶ 山口青邨
- 非常なる世に芋虫も生れあふ 百合山羽公
- 芋虫のころんとまろび山昏るる 宇咲冬男
菜虫(なむし)
三秋
青虫(あおむし)、菜虫取る(なむしとる)
白菜、キャベツ、大根、蕪などを食害する虫で、緑色の小型の青虫。
紋白蝶(もんしろちょう)の幼虫が多い。
- 菜虫採りそれが上手で老いにけり 山田みづえ
- 大仏の近くに住みて菜虫とる 臼井節子
- 食べし葉の色そのままの菜虫かな 小畑柚流
蜂の子(はちのこ)
晩秋
地中に巣を作る地蜂の幼虫のこと。
長野県では食用となる地蜂(クロスズメバチ類)の巣を取り出し、幼虫を炒ったり甘露煮にしたり、蜂の子飯にして食べる。
- 山を恋ひ蜂の子飯を恋ひわたり 宮野小提灯
- 眼がのぞく秋の蜂の子売られけり 加藤知世子
- 蜂の仔採り贄の蛙をかかげたり 稲垣敏勝
秋蚕(あきご)
仲秋
養蚕では年に数回蚕を飼うが、七月下旬ごろから晩秋にかけて飼うものを秋蚕という。
飼育時期によって、春蚕(はるご)、夏蚕(なつご)、初秋蚕(しょしゅうさん)、晩秋蚕(ばんしゅうさん)などと呼ばれる。
桑の新芽が伸びて葉をつけると、再び蚕を飼う。
- 屋根石に雨さだめなし秋蚕飼ふ 皆吉爽雨
- しんしんと秋蚕眠るに取巻かる 萩原麦草
- 夕日すこし川底にあり秋蚕村 古賀まり子