寒く長い冬が終わる頃、春の兆しを至るところで感じるようになります。
具体的にはどんなところで春の到来を感じるでしょうか。
雪が解け、木々の枝に新芽の膨らみを見つけた時、百花の魁といわれる梅の花が一輪咲いているのを見つけた時…
そして風の中にやわらかさと暖かさ、春の匂いを感じた時。
昔から日本人は風によって新しい季節の到来を感じてきました。
海に出る漁師にとっては、季節による風を読み取ることは大変重要なので、注意すべき風にはそれぞれ呼び名がついています。
地方によっても、その地形がもたらすさまざまな風の名前が言い伝えられています。
春の風の季語にはどのようなものがあるか、まとめました。
春の季語一覧
天文
春風
三春

麦畑を渡る風
暖かく穏やかな、心地よい、春に吹く風。
春には疾風も吹きすさぶが、春の風というと春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)たるのどかな春の風のことをいう。
- 春風や堤ごしなる牛の声 来山
- 春風に力くらぶる雲雀かな 野水
- 春風や麦の中行く水の音 木導
- 春風や堤長うして家遠し 蕪村
東風(こち)
三春
冬はシベリア高気圧が勢力を強め、西高東低の気圧配置となるが、シベリア高気圧の勢力が弱まり冬型の気圧配置が崩れると、移動性高気圧と温帯低気圧が交互に西から東へと通過するようになる。
西から低気圧がやってくる時には、東の高気圧から風が吹く。
低気圧は前線を伴い、雨になることも多い。
東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
菅原道真
- 河内路や東風吹送る巫女の袖 蕪村
- 夕東風のともしゆく燈のひとつづつ 木下夕爾
- 東風鴉影より重く地をあゆむ 伊藤凍魚
貝寄風(かいよせ)
仲春
陰暦二月二十二日に大阪四天王寺で行われる聖霊会(しょうりょうえ)では、石舞台の四隅に大きなお供えの花を飾る。
その花は難波の浜に打ち上げられた貝殻で作られ、貝の華(かいのはな)と呼ばれた。
このことから、貝を岸辺に吹き寄せるような、この頃の強い風を貝寄風(かいよせ)と呼ぶようになった。
風向きは西風の地方が多い。
- 貝寄する風の手じなや若の浦 芭蕉
- 貝よせやちりしく許(ばか)り桜貝 車庸
- 貝よせの風は柳に通ひけり 恒丸
涅槃西風(ねはんにし)
仲春
陰暦二月十五日は釈迦入滅の日にあたり、寺院では涅槃像を掲げ、香華を備え、遺教経を読誦して涅槃会を営む。このころに吹く風を涅槃西風という。
やわらかい風で、浄土からの迎えの風などとも言われる。
- 看経(かんきん)のうちの雑念涅槃西風 京極杜藻
- 涅槃西風樹下を舞ひゆく胡蝶あり 堀喬人
- 猫は炉に鵯(ひよ)は椿に涅槃西風 西島麦南
彼岸西風(ひがんにし)
仲春
陰暦二月十五日の涅槃絵は春の彼岸の頃にあたり、このころに吹く風を彼岸西風ともいう。
涅槃西風は柔らかな感じを含むが、彼岸西風は寒さの残る西風や涅槃雪をもたらす風の時もある。
比良八荒(ひらはっこう)
仲春
比良山地から吹き下ろす、北または西からの強風。
昔、陰暦二月二十四日に近江比良大明神(白鬚神社)で法華八講が行われるころに、比良おろしが吹き荒れたため、比良八荒の名がついた。
- 丹波路や比良八荒のおすそ分け 西山泊雲
- 八荒の波の昃(かげ)りのうつりゆく 高浜年尾
- 八荒やこゑふえそめし百千鳥 森澄雄
春一番
仲春
立春を迎え、春になってはじめて吹く南寄りの強い風。
暖かく湿った強い南風で、気温が上がり、春を呼ぶ風として広く使われている。
くわしくはこちらの記事「春一番(はるいちばん)」をご覧ください。
- 春一番武蔵野の池波あげて 水原秋桜子
- 声散つて春一番の雀たち 清水基吉
- 春一番山を過ぎゆく山の音 藤原滋章
風光る
三春
明るく晴れた春の日に、やわらかい風が吹き渡ること。
木々の新芽の緑も生き生きと眩いばかりに輝くこの時期、風に吹かれている風景も明るく光って見える、そんな光景である。
- 風光るや流れ流れて蜘の糸 星野麦人
- 風光る閃きのふと鋭どけれ 池内友次郎
春疾風(はるはやて)
三春
春の暖かい南寄りの強風で、嵐のような突風を生じる。
この時関東では窓を閉め忘れると、部屋の中まで砂だらけになってしまうことがある。
学校の校庭でも土埃をあげて吹き荒れる。
- 今のわがこころに似たり春嵐 阿部みどり女
- 春疾風屍(かばね)は敢て出でゆくも 石田波郷
- 灯台の玻璃(はり)悉(ことごと)く鳴り春颷 瀧春一
春北風(はるきた)
三春
春は高気圧と低気圧が交互に西から東へと通過するようになるが、温帯性低気圧が抜けた後に、一時的に西高東低の冬の気圧配置に戻り、北や北西からの冷たい風が吹く。
北国では春寒の北西風が雪を降らせることもあり、春の訪れの遅いことを感じさせられる風である。
- 山に住み時をはかなむ春北風 飯田蛇笏
黒北風(くろぎた)
仲春
春もたけなわになってから一時的に冬の気候に逆戻りし、強い北西の風が突風となって吹くこと。
- 黒北風や家も社も海を向き 吉田藤治
桜まじ
晩春
西日本で、桜の咲く頃に吹く南または南東の風をいう。
- 桜まじ舟路おのづと島へ向く 河野南畦
油まじ
晩春
船人の言葉で、晩春に吹く静かな南風。
ようず
三春
西日本で、春、南からのなまぬるい、今にも雨が降り出しそうな雨もよいの風のこと。
- 淀川をようず渡れる夜の鴨 森澄雄
春塵(しゅんじん)
三春
主に関東地方で、乾燥した地面に突風が吹き、砂埃を巻き上げること。
- 掌をのべて仏は春塵うけたまふ 小野蕪子
霾(つちふる)
三春
モンゴルや中国北部の黄土地帯で大量の砂塵が吹き上げられ、風により日本にまで運ばれて空一面を覆い、砂塵がいたるところに積もる現象。
黄砂により日光が遮られ、日射量が減ることを霾晦(よなぐもり)という。
- 霾や太古の如く人ゆきゝ 杜門
春吹雪(はるふぶき)
三春
春の季語「春の雪」の傍題。
春先に起こる吹雪。
急激な気温の低下で雨が雪に変わったもので、降りつつ解けてゆくことが多いが、大雪になることもある。
春雪(しゅんせつ)
鳥風(とりかぜ)
仲春
春の季語「鳥曇(とりぐもり)」の傍題。
冬を日本で過ごした渡り鳥が、春になり北方へ帰る頃は曇り空が多く、その頃に吹く風。
鳥雲(とりくも)
フェーン
晩春
湿った南風が山脈を越えてゆく時、太平洋側は雨となり、山脈を越えた風は乾いて高温となる。
この現象が続くと山火事を引き起こすこともある。
- 風炎やめらめら流る夜の河 宇咲冬男
地理
雪解風(ゆきげかぜ)
仲春
春の季語「雪解(ゆきどけ)」の傍題。
冬の間に積もった雪が、暖かさとともに解け始める頃の風。
雪消(ゆきげ)、雪解くる(ゆきとくる)、雪解道(ゆきげみち)、雪消水(ゆきげみず)、雪解川(ゆきげがわ)、雪解畠(ゆきげはたけ)、雪解雫(ゆきげしずく)、雪滴(ゆきしずく)
- ぼうたんの赤芽研ぎ出し雪解風 沢木欣一
- とびからすかもめもきこゆ風雪解 金尾梅の門
- 雪解風月山はまだ天のもの 市村究一郎
- 湖の鳶吹きおろす雪解風 河田一葦
生活
風除解く(かぜよけとく)
晩春
冬に寒風を防ぐために、丸太を組み蘆、藁、板などを塀のように家の周りにめぐらせた風除けを、春になり取り外すこと。
- うぐひすにとらばや庵の風ふせぎ 丈草
植物
花吹雪、桜吹雪
晩春
春の季語「落花(らっか)」の傍題。
風に散る桜の花びらのさまを、吹雪にたとえた言葉。
散る桜、飛花(ひか)、花散る、花屑(はなくず)、花の塵(はなのちり)、花筏(はないかだ)
- 下からも見上げて居るや花吹雪 野村泊月
- 空をゆく一とかたまりの花吹雪 高野素十
- ひとひらのおくるゝしじま花吹雪 及川貞
- 風吹いて落花の水の割れにけり 加倉井秋を
- 夫婦とて死は別別に花吹雪 山畑禄郎
竹の秋風
晩春
秋の季語「竹の秋」の傍題。
竹は三、四月頃になると、地中の筍を育てるために養分を集中させ、葉が枯れて黄ばんでくる。
それがまるで秋のようなので「竹の秋」という。
そのように竹の枯れた葉を通り抜ける風のことを、竹の秋風という。
竹秋(ちくしゅう)
- いざ竹の秋風聞かむ相国寺 大江丸
- 竹秋の夜は夜をわたる風の音 中川宗淵
柳の風
柳を揺らす風のこと。
(「柳」は晩春の季語)
花の風
桜の花を吹き揺らす風。
(「花」は桜の花をさす晩春の季語)