晩春は、春の三ヶ月を初春、仲春、晩春と分けたときの最後の一ヶ月で、ほぼ四月にあたります。
二十四節気では清明、穀雨の期間(四月五日頃から五月五日頃)になります。
今回は春の時候の季語のなかでも、晩春に分類される季語を集めました。
三春の時候の季語仲春、三月の時候の季語初春、二月の時候の季語
春の季語一覧
時候
晩春(ばんしゅん)
晩春
春を初春、仲春、晩春と三分したときの終わりの季節で、ほぼ四月にあたる。
桜も散りゆき、新緑が日毎に輝き出す季節。
- 鴉何処までも晩春の茜の中 山口誓子
- 晩春や銀の暗さに裸木照り 高田貴霜
- 晩春の登りつめたる峠の木 広瀬直人
- 晩春の旅よりもどる壺かかへ 青柳志解樹
四月(しがつ)
晩春
花々が咲き乱れる四月は、新入学や新入社の季節で、新たな生活の始まる時期。
- 山葵(わさび)田の水音しげき四月かな 渡辺水巴
- 老農に浅蜊水吐く四月かな 秋元不死男
- 嫁ぐもの逝くもの四月恍惚と 石原舟月
- 沼に田にひと居る四月来りけり 岡部蝉丸
弥生(やよい)
晩春
陰暦三月の異称。
草木のいよいよ生い茂るころという意味。
春たけなわの頃だが、盛りの春が過ぎ行くのを惜しむ情感も伴う。
- 降りつづく弥生半ばとなりにけり 高浜虚子
- 濃かに弥生の雲の流れけり 夏目漱石
- 花咲くといふ静かさの弥生かな 小杉余子
- きさらぎをぬけて弥生へものの影 桂信子
清明(せいめい)
晩春
二十四節気のひとつで、春分から十五日目、四月五日ころにあたる。
清浄明潔の略といわれる。
中国では清明に墓参や踏青をする行事がある。
七十二候は次のようになっています。
略本歴(明治)
初候 玄鳥至(つばめきたる)
次候 鴻雁北(こうがんかえる)
末候 虹始見(にじはじめてあらわる)
中国の大衍暦(たいえんれき)、宣明暦(せんみょうれき)
初候 桐始華(きりはじめてはなさく)
次候 田鼠化為鴽(でんそけしてうずらとなる)
末候 虹始見(にじはじめてあらわる)
- 清明や翠微に岐(わか)る駅路(うまやみち)松瀬青々
- 挿木して清明の日の風呂焚けり 皆川白陀
- 水替へて清明の日の小鳥籠 星野麥丘人
- 清明の波打ちのべし上総かな 大嶽青児
花時(はなどき)
三春
桜の花が咲く頃。
また、「桜時」よりも緩やかな印象の「花時」は、春の花の咲くころ、という抽象的な場合もある。
- 硝子器を清潔にしてさくら時 細見綾子
- 花時も天上天下唯我咳く 野見山朱鳥
- 花過ぎの窓にきて鳴く夕雀 牧瀬蝉之助
- 花過ぎの薄日にねむる山祠 有泉七種
- 白粥を所望や京の桜どき 水原春郎
花冷(はなびえ)
晩春
桜の咲く頃は気温も変わりやすく、暖かな陽気になったと思えば、ふいに寒さが襲ってきたりする。
特に京都の盆地特有の冷え込みによる花冷えは有名。
(俳句で花といえば桜のことをさします。)
- お白粉をとく指細し花の冷え 邦枝完二
- 用心の雨傘花冷つゞくなり 及川貞
- 手袋の指先ふかき花の冷え 田辺香代子
- 花冷えの茶筅(ちゃせん)置きたる畳かな 伊志井裸寛
- 花冷の夕べ日当る襖かな 岸田稚魚
- 花冷の闇にあらはれ篝守(かがりもり)高野素十
蛙の目借時(かえるのめかりどき)
晩春
春たけなわの頃に、眠気をもようすような季節のこと。
蛙が人の目を借りてきてしまうので、眠くなるといわれる俗説による。
蛙が繁殖相手を求める「妻狩(めか)り時」の時期に人は眠くなることから、とする説もあるが、俳句では目借りのイメージで用いられることが多い。
- 豆菓子の豆かみあてて目借時 鷹羽狩行
- 針箱にははの眼ぐすり目借時 彦根伊波穂
- 駅柵のさみしき日向目借時 藤本新松子
- 理髪屋の椅子廻さるる目借時 福島湖亭
- 目借時酒の器のくもりたる 福原十王
田鼠化して鴽となる(でんそかしてうずらとなる)
晩春
田鼠はもぐらのことで、鴽はうずらに似たミフウズラ(旧名フナシウヅラ)のこと。
中国の七十二候の一つ、清明の第二候。
それまで田畑を荒らし回っていたもぐらが目立たなくなり、うずらが目立ち始めるのを、もぐらがうずらになったと例えている。
- とぶ鶉鼠の昔忘るるな 一茶
- やはらかきもぐら鴽とならず死す 辻田克己
穀雨(こくう)
晩春
二十四節気のひとつで、清明の後十五日、四月二十日ころにあたる。
特に雨が多いというわけではないが、この頃の暖かい雨が穀物を潤し、育て始めるという意味。
- 掘返す塊(つちくれ)光る穀雨かな 西山泊雲
- 石臼のはればれ打たる穀雨かな 滝沢伊予次
- まつすぐにくさ立ち上がる穀雨かな 岬雪夫
春深し(はるふかし)
晩春
桜も散り、草木の若葉も青々としてきて、春も深まったころ。
春深くなりぬと思ふを桜花ちる木のもとはまだ雪ぞふる 紀貫之
ちる花にせきとめらるる山川の深くも春のなりにけるかな 藤原長能
春深き野寺立ち籠むる夕霞つつみのこせる鐘の音かな 慈鎮
- 春深し鳩またくゝと、くゝと啼き 久保田万太郎
- 春深し知らぬ人らと舟に乗る 金子比呂志
- 春闌けて幼な児は匙ふかく舐め 柏村貞子
- せせらぎも三千院の春深く 大場白水郎
- まぶた重き仏を見たり深き春 細見綾子
八十八夜(はちじゅうはちや)
晩春
立春から数えて八十八日目にあたり、五月二日ころになる。
農家はこの頃をめどに、本格的に農事にとりかかる。
茶摘歌に、「夏も近づく八十八夜」とあるように、茶摘みも最盛期を迎える。
また「八十八夜の別れ霜」といわれ、霜もこの頃以降は降りなくなるので、種蒔の目安ともなっている。
- 逢ひにゆく八十八夜の雨の坂 藤田湘子
- 八十八夜過ぎし田水に雲うごく 石川錠子
- 母ねむり八十八夜月まろし 古賀まり子
- ゴッホの星八十八夜の木々の間に 相馬遷子
春暑し(はるあつし)
晩春
まだ季節は春だが、時に夏のように気温が上がり、汗ばむような陽気になること。
- 郷の地を一途にふみて春暑き 飯田蛇笏
- 春暑し赤子抜き取る乳母車 二本松輝久
- 遺作展春の暑さに耐へざりき 石田波郷
暮の春(くれのはる)
晩春
暮春、つまり春の終わり頃という意味と、春の夕暮れという両方の意味がある。
歌に詠まれてきた伝統としては、春の終わり頃という意味になる。
暮春に、夕方のイメージも含まれた語である。
- 艸(くさ)の葉も風癖ついて暮の春 一茶
- 干潟遠く雲の光れる暮春かな 臼田亜浪
- 人入つて門のこりたる暮春かな 芝不器男
- 水を出て家鴨寄り添ふ暮春かな 安住敦
- 竹藪の嵯峨となりけり春暮るる 藤井紫影
- ざる一つ売れて門前町暮春 田中灯京
行く春(ゆくはる)
晩春
終わろうとしている春のことで、行く春を惜しむ心情が込められている。
- 行く春や旅へ出て居る友の数 太祇
- 行く春に追ひ抜かれたる旅寝かな 丈草
- ゆく春やおもたき琵琶の抱ごゝろ 蕪村
- 行く春や海を見てゐる鴉の子 諸九尼
- 悠然と春行くみづやすみだ川 蝶夢
春惜しむ(はるおしむ)
晩春
春の過ぎ去ってゆくのを惜しむ心情。
- 窓あけて見ゆる限りの春惜しむ 高田蝶衣
- 人も旅人われも旅人春惜しむ 山口青邨
- 春惜しむすなはち命惜しむなり 石塚友二
- 山々はどこへも行かず春惜しむ 岡田日郎
夏近し(なつちかし)
晩春
夏が間近になり、その気配を感じる時。
- 夏近き雲こそうかべ大井川 管鳥
- 清滝に宿かる夏の隣りかな 蓼太
- 茶畑の月夜にはかに夏隣 小巻豆城
- 硯海の水減り易し夏隣 田淵喜角
- 夏近き吊手拭のそよぎかな 内藤鳴雪
弥生尽(やよいじん)
晩春
陰暦三月の最後の日。弥生が尽きるということは、春の終わりを意味していた。
陽暦になってからは、四月尽が春の終わるのを惜しむ言葉となった。
- 三月(やよひ)尽きて鐘楼に僧の影薄し 来山
- 色も香もうしろ姿や弥生尽 蕪村
- 怠りし返事かく日や弥生尽 几董
- ときならぬ畳替して弥生尽 松村蒼石
四月尽(しがつじん)
晩春
四月の終わり。
- 四月尽兄妹門にあそびけり 安住敦
- 虎杖(いたどり)をむかし手折りぬ四月尽 石田波郷
- 公園の塵籠あふれ四月尽 林翠花
- 腰掛けに猫の足跡四月尽 葭葉悦子