秋も半ばになると感じ始める寒さ。
季語にはたくさんの「寒さ」を表す言葉があります。秋寒に始まり、そぞろ寒、やや寒、うそ寒、肌寒…
それぞれどれくらいの寒さで、どのような意味合いを含んでいるのかをまとめてみました。
秋の寒さを表す季語
まず初秋の涼しさ、爽やかさを表す季語に「新涼(季節は初秋)」があります。(傍題…秋涼し、秋涼、初めて涼し、初涼、涼新た、新たに涼し、早くも涼し、早涼)
これらの後に続く、秋も半ばに入る頃から晩秋にかけての「寒さ」を表す季語を集めました。
冷やか
仲秋
肌に冷気を感じ始める寒さ。
初秋には涼を感じるが、仲秋になり「涼」から「冷」を感じるようになる。
触れたものや板の間に冷たさを感じるくらいの冷やかさである。
- ひやひやと手に秋立や釣瓶縄 也有
- ひやゝかに簗こす水のひかりかな 久保田万太郎
- ひやゝかに卓の眼鏡は空をうつす 渋沢渋亭
- 秋冷の瀬音いよいよ響きけり 日野草城
かりがね寒き
仲秋
雁が渡ってくる頃の寒さのこと。
「かりがね」の呼び名は「雁が音」、その鳴き声からきています。
そして「かりがね寒き」の由来は、
今朝の朝明(あさけ) 雁が音寒く 聞きしなへ 野辺の浅茅(あさぢ)ぞ 色づきにける
という歌(聖武天皇、万葉集・巻八)だといわれています。
雁は十月頃に日本に来て冬を越し、春三月に北へ戻っていきます。
10月8日~12日ごろは、二十四節気でいうと寒露(かんろ)そして七十二候でいうと鴻雁来(こうがんきたる)です。
秋の到来を知らせる雁の鳴き声、そして寒さを感じ始める時期の情感を表す季語といえるでしょう。
身に入む(みにしむ)
三秋
身に染みるほど深く感じる寒さ
寂しさ、つらさが身に染みる感情をも含む場合がある。
和歌では秋の「もののあはれ」を表している。
夕されば野べの秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
藤原俊成「千載集」巻四秋
- 身にしむや亡妻の櫛を閨に踏む 蕪村
- 身にしむやほろりとさめし庭の風 室生犀星
- 戸障子の古く身に入む海の宿 宇佐美魚目
- 身に入むや林の奥に日当りて 岡本眸
秋寒
晩秋
秋の寒さ。本格的な冬の寒さではないが、冷ややかよりも寒さを感じるころ。
冷やかよりやや後の季節感。
- 日のにほひいただく秋の寒さかな 惟然
- 秋寒し藤太が鏑(かぶら)ひびく時 蕪村
- 秋寒や行く先々は人の家 一茶
- 秋寒し川辺の闇の水明り 定雅
- 渋柿は渋にとられて秋寒し 正岡子規
- 秋ざむや膚に粉ふく仙人掌樹 那須辰造
- 手すさびの壁塗る秋の寒さかな 中川宋淵
- 秋寒く犬のさまよふ俳諧寺 高室呉龍
- 秋寒の濤が追ひ打つ龍飛崎 上村占魚
そぞろ寒
晩秋
捉えどころのない、とりとめのないそぞろに身に覚える寒さ
なんとなく寒いという感覚。
「冷やか」よりもやや強く寒さを覚える寒さで、ほぼ「秋寒」と同義である。
- ぴつたりと居る蛾の白しそぞろ寒 角田竹冷
- そぞろ寒鶏の骨打つ台所 寺田寅彦
- 榛の木に三日月かかるそぞろ寒 宮下翠舟
- 繕ひつ使ふ身一つそぞろ寒 岡本眸
漸寒(ややさむ)
晩秋
肌に感じる寒さが少しということだが、ようやく感じるようになった寒さ
冬の本格的な寒さではないが、少し寒くなった感覚。
「漸」は、ようやく、だんだん、物事が少しずつ進むことの意味。
- 漸寒き後に遠しつくば山 一茶
- 枸杞の実のこぼれて霜のやゝ寒し 士朗
- やゝ寒み襟を正して坐りけり 正岡子規
- やや寒や素通りをせし郵便夫 藤田千代
- やや寒や湖の真上に星を溜め 上田日差子
うそ寒
晩秋
秋になって初めて感じる寒さ、感覚的にうっすらと寒い感じを覚える寒さ
- 倶利伽羅の小うそ寒しや雲の脚 路通
- うそ寒や蚯蚓の唄も一夜づつ 一茶
- うそ寒をかこち合ひつゝ話しゆく 高浜虚子
- うそ寒や夜更寝余る病み上り 安斎桜磈子
- うそ寒の身をおしつける机かな 渡辺水巴
- うそ寒や人のかたみのもの羽織り 山口青邨
- うそ寒く友の忌の鶴折りすさむ 小池文子
- うそ寒き遠田の端に星のぼる 火村卓造
肌寒
晩秋
晩秋に肌に寒々と感じるようになる寒さ
- 湯の名残今宵は肌の寒からむ 芭蕉
- 肌寒きはじめに赤しそばの茎 惟然
- 肌寒や霧雨暮るる馬の上 素丸
- 肌寒や滝のとゞろく籠り堂 浄円
朝寒
晩秋
晩秋の朝の気温が下がった寒さ。
日中は暖かくても夜には気温が下がり、その温度差が朝に肌寒さを覚える。
もうすぐ冬だなと感じさせる寒さ。
- 二日咲く木槿となりて朝寒し 暁台
- 朝寒や柱に映る竃の火 佐藤紅緑
- 朝寒やまたゝきしげき仏の灯 星野立子
- 朝寒むの粥座へ通ふ老尼かな 安田千鶴女
- 朝寒の硯たひらに乾きけり 石橋秀野
- 朝寒の膝に日当る電車かな 柴田宵曲
夜寒
晩秋
日中の暖かさとは裏腹に、夜分に気温が下がり覚える寒さ。
その気温差がよけいに夜の寒さを感じさせる。
- 欠ケ欠ケて月もなくなる夜寒哉 蕪村
- 夜寒さや舟の底する砂の音 北枝
- 茶をのめば眼鏡はづるる夜さぶかな 成美
- 馬方の馬にものいふ夜寒かな 内藤鳴雪
- 白き手が開ける夜寒の障子かな 五所平之助
- 旅ごころ淡し夜寒の猫抱けば 下村ひろし
冷まじ(すさまじ)
晩秋
もともとは「荒ぶ(すさぶ)」「すさむ」の意味。
そこから、過ぎてしまってしらけた気分、興ざめなことを表すようになる。
さらに荒涼、凄然たる情景を表すようになり、予期せぬ寒さや冷たさの意味で使われるようになった。
- 冷まじや吹出づる風も一ノ谷 才麿
- すさまじや蝋燭走る風の中 正岡子規
- 冷まじと髪ふりみだしゆうかり樹 富安風生
- 大波の峯も奈落も冷まじや 鈴木真砂女
- 冷まじき青一天に明けにけり 上田五千石
露寒(つゆざむ)
晩秋
この季語の分類は、露という自然現象にともなう語句なので「天文」になります。(上記11季語は「時候」に関する季語に分類。)
晩秋の寒さがひとしお感じられる頃、露が霜になりそうな頃の寒さ。
朝夕の気温差が大きいと、放射冷却によって急に冷え込み、露の粒が凍って霜のように凝結する。
草木も枯れてきて、虫の音も聞こえなくなってくる。
- 大粒に置く露寒し石の肌 青蘿
- 露寒のこの淋しさのゆゑ知らず 富安風生
- 露寒の画集をひらく膝そろへ 石田あき子
- 露寒き海峡の灯に吾子ねむる 三上春代
- 露寒し縷々とラジオの「尋ねびと」 伊丹三樹彦
使い分けについて
寒さの順番としてはいろんな説もあり、寒いと感じること自体が主観的な感覚であることから、厳密に使い分けるというより、語感や状況によってしっくりくる言葉を選ぶのがよいようです。
また古来どのような歌や句に詠まれているかを探ることによって、その言葉で表そうとした感覚がわかってくることでしょう。